沿 革
M.38年10月 盲人鍼灸家今冨八郎氏、 下関市阿弥陀寺町108番地に今冨盲学館を設立。
M.40年8月 私立下関博愛盲唖学校と改称し、 下関博愛婦人会の経営に移る。
M.44年6月 内務省令あん摩術営業取締規則、 鍼術・灸術営業取締規則第1条により、 あん摩術・はり術・きゅう術の指定学校となる。
T.11年3月 内務省令あん摩術営業取締規則第1条によりマッサージ術の指定学校となる。
T.12年1月 愛国婦人会山口支部の経営に移り、私立愛国婦人会山口支部下関盲唖学校と改称。
S.4年4月 県に移管され、山口県立下関盲唖学校と改称。
S.6年4月 本町11丁目、元市立下関高等女学校跡地に同校舎を改築移転。
S.8年6月 苦学生のため高尾寮を開設。
S.12年5月 ヘレン・ケラー女史が来校。
S.12年11月 開校30周年記念式を挙行。
S.14年5月 新寄宿舎 (光林舎) 竣工。
S.20年7月 本市2回目の空襲により校舎全焼。
S.23年4月 盲、ろう分離し、山口県立盲学校と改称。
S.23年9月 新校舎竣工。 建坪247.25坪。 延坪450.25坪。
S.26年3月 文部大臣よりあん摩師・はり師・きゅう師の養成にかかわる学校として認定。
S.30年10月 創立者今冨八郎先生頌徳碑除幕式並びに創立50周年記念式を挙行。
S.32年3月 校舎焼失(30年12月) のため新校舎建設 (441坪)。
S.42年5月 新寄宿舎竣工 (295 坪)。
S.44年4月 重複障害児特別学級新設 (小・中 各1)。 (昭和 45 年4月文部省認可)
S.48年4月 高等部を普通科 (3年) ・保健理療科 (3年) ・専攻科理療科 (3年) とする。
S.51年4月 幼稚部を新設。
S.52年4月 高等部普通科に重複障害生特別学級を新設。
S.52年6月 障害幼児教育相談室を開設。
S.54年5月 校舎竣工式を挙行。 (3,041.32 坪)
S.56年11月 第18回放送教育賞受賞 (文部大臣賞)。
S.60年10月 創立 80 周年記念式典を挙行、 「創立八十年史」 の刊行。
H.元年3月 プール竣工。
H.2年4月 高等部を本科普通科 (3年)・本科保健理療科 (3年)・専攻科理療科 (3年)・専攻科保健理療科 (3年) とする。
H.4年11月 第 19 回全特連中国地区研究大会山口大会重複部会会場となる。
H.5年4月 文部省指定、 心身障害児理解推進校向山小学校の研究相手校となる。(2年間)
H.7年3月 点字情報ネットワークシステム導入
H.7年10月 創立 90 周年記念式典を挙行、「創立90周年記念誌」の刊行、 校訓「誠実 相愛 自立」の制定。
H.9年4月 平成9年・10 年度交流教育地域推進事業指定校 (文部省指定) となる。
H.9年5月 教育後援会再編設立総会開催。
H.9年7月 第8回中国・四国地区盲学校体育大会開催。
H.9年9月 コンピュータ教室設置
H.10年10月 中国・四国地区盲学校教育研究大会を開催。
H.13年1月 エレベーター取り付け
H.13年 4月 「次世代ITを活用した未来型教育研究開発事業」実施校(3年間、文部科学省)となる。
H.13年 4月 光林園廃止に伴い、寄宿舎に児童生徒の受け入れを開始する。
H.14年 3月 緊急警報装置及び監視カメラの設置。
H.14年 9月 寄宿舎冷暖房設置。
H.15年 6月 中国・四国地区盲学校弁論大会開催。
H.17年 3月 校旗新調
H.17年10月 創立100周年記念式典を挙行、「創立百周年記念誌」、「創立100周年記念誌 盲学校の思い出」の刊行、校訓碑の建立、新校歌の制定
H.20年4月 山口県立下関南総合支援学校に校名を変更。視覚障害教育センター設置
H.20年12月 特別教室棟耐震工事完了
H.22年2月 「盲学校歴史資料室」開設
H.22年7月 第17回中国・四国地区盲学校体育大会開催
H.23年8月 中国・四国地区盲学校教育研究大会を開催
H.24年3月 聴覚訓練室竣工
H.24年6月 第38回中国・四国地区盲学校弁論大会開催
H.25年3月 普通教室及び特別教室空調設備整備
H.26年4月 聴覚障害教育センター設置
H.27年3月 中教室棟・南教室棟外壁改修工事完了
H.27年10月 創立110周年記念式典を挙行

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